月別アーカイブ: 2020年6月

身長

私の身長は159cm。

全てが普通な私ですが、身長もまさに平均値。

小学校高学年の女の子たちは、次々と私の身長を追い抜いて行きます。

今日いらした生徒さんも、気づけば私より少し背が高くなっていました。

心身の成長とともに、ピアノも急成長を遂げる生徒さんが多くなります。

この大切な時に、名曲と呼ばれるピアノ曲を少しでも多く弾かせてあげたいです。

消しゴム

新しい消しゴムをおろしました。

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超定番消しゴム、MONOです。

でもちょっとだけ特別。

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昨年の夏、野口英世記念館で購入しました。

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裏側には忍耐の文字。

忍耐。

すっかりご無沙汰している言葉です。

現代は、携帯電話やインターネットがあり、いつでもどこでも大抵のことはすませることができます。

私もいつ忍耐したか思い出せないほどです。

忍耐の必要のない生活は、楽で快適です。

が、本当に自分が欲しているものが何なのか、わからなくなりそうです。

水漏れ

朝起きると、水道栓の周りに水が溜まっていました。

少量ですが気になります。

いつもお世話になっている業者の方に来ていただきました。

幸い、パッキンの交換だけで、水漏れはおさまりました。

うちの水道栓は、よく使われているシングルレバーの混合水栓です。

水道業者さんいわく、水道栓は昔ながらのクルクルと回すタイプが一番修理が簡単だそうです。

シンプル イズ ベスト。

もしもリフォームする機会があったら、クルクル回す昔ながらの水道栓にしたいなあ。

クルクル回す部分が陶器だったらステキですよね。

あんこ

「先生はこしあんが好き?つぶあんが好き?」

こんな質問を受けました。

私「つぶあんかなあ。」

生徒さん「わたしはこしあんが好き。」

私は和菓子が大好き。

この生徒さんも和菓子好きだそうで、しばしあんこ談義が続きました。

こしあんが好きか。

つぶあんが好きか。

言葉で説明するのは意外に難しいものです。

こしあん派の生徒さんの意見。

こしあんはなめらか。

つぶあん派の私の意見。

しっとり感がある。

私「うんうん。そうだよね。確かにこしあんはなめらかだよね。」

だんだん自分が本当につぶあんが好きなのか、わからなくなってきました。

好みはどこからくるのでしょう?

つぶあんが好きか、こしあんが好きか、実は自分の深いところと関係があるのかもしれません。

デジタルコンサート

フランス人ピアニストのAlexandre Kantrowさんのデジタルコンサートを聞きました

曲はブラームスのバラード4曲と同じくブラームスのソナタ第3番。

私はブラームスのソナタ第3番がとても好きです。

特に第3楽章のスケルツォで涙を流すことがしばしば。

強さと不器用な優しさに溢れたこのソナタには、苦しい時辛い時に力をもらい続けています。

Kantrowさんは昨年のチャイコフスキーコンクールの優勝者です。

ブラームスの厚い和音がたくさんあるのですが、全くにごりの無い美しい響に、いつもの第3楽章だけでなく、フィナーレの第5楽章でも涙が。。。

暑さに弱った身体が、ブラームスの音楽に生き返らせてもらいました。

特権

特権とは特定の人・身分・階級に与えられている、他に優越した権利。

以前、私の英会話の先生に「ピアノが弾けるというのはものすごい特権だよ。」と言われかことがあります。

私は、特権という言葉にびっくりしてしまいました。

私の中の特権というのは、政治家の方や名家の出身の方のようなイメージがあったのです。

庶民の自分に特権という言葉は無縁と思っていました。

大変耳の痛いお言葉でした。

私程度の演奏力では、英会話の先生が言われたような力は無いに決まっています。

でも、ピアノを弾くことを特別なことと思うことはないだろうか?

ピアノを他の何かよりも価値のあるものと思ったりしてはいないだろうか?

英会話の先生はこうも言われていました。

「ピアノだけが世界じゃ無い。あなたはそれを知らなければいけない。」

何回も口癖のように言われていました。

音楽は自由なものです。

特権にしがみついていては、音楽の世界を自由に羽ばたくことはできません。

ピアノだけが世界じゃ無い。

特権としてのピアノにとらわれそうなとき、思い出したい言葉です。

発信力

指揮者の原田慶太楼さんは、ピアニストの反田恭平さんと、triangle alpha というYouTubeチャンネルもやっていらっしゃいます。

新世代の音楽家たちの発信力に、旧世代の自分は驚嘆するばかりです。

有料で購読する配信もあるようで、その料金はクラシック音楽界のために全額を寄付されるそうです。

・・・私も購読してみたいのですが、方法がいま一つわかりません。

これからの世の中は、ますますインターネットの利用が進んで行くことは間違いありません。

伝統的な方法ももちろん大切ですが、時代に合わせた技術の習得も必要だと痛感するこの頃です。

人間だから間違える

指揮者の原田慶太楼さんと藤田真央さんの対談です。

原田さんが藤田さんに次々と興味深い質問を投げかけて、とても面白い配信でした。

藤田さんがチャイコフスキーコンクールで弾き間違えた所の動画を見ながら、原田さんは「人間だから」「人間だもん」を何回も話されていました。

人間が作った音楽を人間が演奏しているのですから、間違えは当たり前、間違えと音楽は別。

本当にそうですね。

私の先生もよく「もしも間違えたとしたって、死なないから大丈夫!」と発表会前には励ましてくれました。

藤田さん、原田さんの人間味溢れるお話を楽しみました。

アインシュタイン

高校の英語の教科書に、このような文章がありました。

A hundred times every day I remind myself that my inner and outer life are based on the labors of other men, living and dead, and that I must exert myself in order to give in the same measure as I have received and am still receiving.

わたしは、一日100回は、自分に言い聞かせます。
わたしの精神的ならびに物質的生活は、他者の労働の上に成り立っているということを。

他の内容は全く覚えていないのですが、この一文だけはとても記憶に残っているのです。

いま風の若者言葉で言うと、「刺さった」のでしょう。

アインシュタインのような偉人が一日100回も他者の働きに思いを馳せるのなら、凡人の私なら一日に10,000回感謝してもまだ足りないくらい。

なのに煩悩だらけの私は日々の雑事で頭がいっぱいです。

せめて、一日の終わりには感謝の気持ちを持ちたいものです。

梅雨入り

今日、関東地方は梅雨入りしたようです。

雨で思い浮かべるピアノ曲といえば、ドビュッシーの『雨の庭』です。

パラパラと葉を打つ雨音、池に落ちる水の音や波紋、風の動きや雲の流れ、雨上がりの虹。

そんな情景が目に浮かぶ曲です。

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雨とは関係ありませんが、モネの『セーヌ河の朝』。

モネとドビュッシー、どちらも素晴らしい芸術家です。

『雨の庭』と『セーヌ河の朝』両方とも美しいだけでなく、どことなく楽しげな感じもします。

高温多湿の日本の梅雨ですが、雨の季節も楽しく過ごしたいものです。