私は楽器自体がかなり好きなようです。
本物の楽器もですが、ミニチュア楽器にもとても心惹かれるものがあります。
これはハーモニカです。

本当に小さくて、ペンダントになっています。
マウスピースには4つの穴。
ハ長調の音階が1オクターブ出ます。
1オクターブあればちょっとしたメロディーは吹くことができます。
こういう身近な楽器が大好きです。
私は楽器自体がかなり好きなようです。
本物の楽器もですが、ミニチュア楽器にもとても心惹かれるものがあります。
これはハーモニカです。

本当に小さくて、ペンダントになっています。
マウスピースには4つの穴。
ハ長調の音階が1オクターブ出ます。
1オクターブあればちょっとしたメロディーは吹くことができます。
こういう身近な楽器が大好きです。
これは、ヤマハ のファイフという楽器です。
プラスチック製の横笛です。
『ねえねえおじいさん』という曲を吹いてみました。
この曲は孫たちがおじいさんに笛を吹いてとおねだりする歌詞がついています。
画像に載せた次ページにはおじいさんが横笛を吹いているイラストもあります。
よし!この曲をはじめる生徒さんに吹いてあげよう。
ファイフを手に取り吹いてみました。
ふー・・・。
音が出ません。汗。
もう一回。
ぴい〜。
ひどい音です。汗。
ぴい〜ぴい〜。
く、くるしい。汗。
このちっちゃな楽器と格闘すること数十分。
かすれた音ながら、ようやくメロディーらしきものが吹けました。
きれいに吹けるまでにはほど遠いのですが、発見がありました。
ファイフはスラー、スタッカートが本当に表現しやすいです。
そして。ピアノはスラーやレガートが大変難しい楽器だということをあらためて実感しました。
もう一つ、ファイフは肺活量が相当必要なことと、自分の息の短さもイタイ発見でした。
こんな、へたっぴな横笛、とても生徒さんに聞かせられません。
イタリア歌曲 “Nel cor piu non mi sento” (もはや私の心には感じない)を歌っていて感じたことです。
Mi pizzichi, mi stuzzichi (私をつねってからかう)という一節があるのですが、こんなに短く発音する語句があるのですから、西洋音楽にはスタッカートがあるのは当然のことだと思ったのです。
歌うようにピアノを弾くには、イタリア歌曲やドイツ歌曲、そしてオペラのアリアを歌ってみるのが一番です。
しかも、とても楽しいです。
アルゲリッチのショパン・ソナタ第3番の動画、こんな名演を手軽に聞くことができるなんて、テクノロジーの進化にただただ感謝です。
私が音大生の時は、動画といえばビデオかレーザーディスクで、それは学生にとっては高価なものでした。
無料で聞くことができるようになったクラシック音楽。
価値は下がったのでしょうか?
私は逆のような気がします。
動画で見た感動を、実際の音で確かめたい!
どうしても聞いてみたい!
単純な私はそう思ってしまいます。
誰でも身近にクラシック音楽を楽しめる世の中は本当に良いことだと思います。
その進化し、変化する世界においても、本物の価値は変わらないものなのですね。
マルタ・アルゲリッチの動画です。
曲はショパンのピアノソナタ第3番ロ短調作品53です。
これほどまでに美しい音楽がこの世にあるのでしょうか。
聞きながら涙が溢れました。
透き通ったメロディーに対して暗い影のような伴奏。
美しいだけでない、その音の深みに吸い込まれて行きそうでした。
幻想的な音楽と、美しくしなやかな野生動物の動きのような自由さと俊敏さ。
アルゲリッチはやはり特別なピアニストです。
フランス人ピアニストのAlexandre Kantrowさんのデジタルコンサートを聞きました
曲はブラームスのバラード4曲と同じくブラームスのソナタ第3番。
私はブラームスのソナタ第3番がとても好きです。
特に第3楽章のスケルツォで涙を流すことがしばしば。
強さと不器用な優しさに溢れたこのソナタには、苦しい時辛い時に力をもらい続けています。
Kantrowさんは昨年のチャイコフスキーコンクールの優勝者です。
ブラームスの厚い和音がたくさんあるのですが、全くにごりの無い美しい響に、いつもの第3楽章だけでなく、フィナーレの第5楽章でも涙が。。。
暑さに弱った身体が、ブラームスの音楽に生き返らせてもらいました。
特権とは特定の人・身分・階級に与えられている、他に優越した権利。
以前、私の英会話の先生に「ピアノが弾けるというのはものすごい特権だよ。」と言われかことがあります。
私は、特権という言葉にびっくりしてしまいました。
私の中の特権というのは、政治家の方や名家の出身の方のようなイメージがあったのです。
庶民の自分に特権という言葉は無縁と思っていました。
大変耳の痛いお言葉でした。
私程度の演奏力では、英会話の先生が言われたような力は無いに決まっています。
でも、ピアノを弾くことを特別なことと思うことはないだろうか?
ピアノを他の何かよりも価値のあるものと思ったりしてはいないだろうか?
英会話の先生はこうも言われていました。
「ピアノだけが世界じゃ無い。あなたはそれを知らなければいけない。」
何回も口癖のように言われていました。
音楽は自由なものです。
特権にしがみついていては、音楽の世界を自由に羽ばたくことはできません。
ピアノだけが世界じゃ無い。
特権としてのピアノにとらわれそうなとき、思い出したい言葉です。
指揮者の原田慶太楼さんは、ピアニストの反田恭平さんと、triangle alpha というYouTubeチャンネルもやっていらっしゃいます。
新世代の音楽家たちの発信力に、旧世代の自分は驚嘆するばかりです。
有料で購読する配信もあるようで、その料金はクラシック音楽界のために全額を寄付されるそうです。
・・・私も購読してみたいのですが、方法がいま一つわかりません。
これからの世の中は、ますますインターネットの利用が進んで行くことは間違いありません。
伝統的な方法ももちろん大切ですが、時代に合わせた技術の習得も必要だと痛感するこの頃です。
指揮者の原田慶太楼さんと藤田真央さんの対談です。
原田さんが藤田さんに次々と興味深い質問を投げかけて、とても面白い配信でした。
藤田さんがチャイコフスキーコンクールで弾き間違えた所の動画を見ながら、原田さんは「人間だから」「人間だもん」を何回も話されていました。
人間が作った音楽を人間が演奏しているのですから、間違えは当たり前、間違えと音楽は別。
本当にそうですね。
私の先生もよく「もしも間違えたとしたって、死なないから大丈夫!」と発表会前には励ましてくれました。
藤田さん、原田さんの人間味溢れるお話を楽しみました。
バッハのチェンバロ協奏曲第5番の第2楽章、通称アリオーソ。
曲名がどうしても出てこないまま、ヤマハへ楽譜を買いに行きました。
店員さんにふんふん♪と鼻歌で伝えましたが通じません。笑。
店員さん「お客さん、ピアノでメロディを弾けますか?」
ポロンポロンと冒頭のメロディーだけ弾きました。
店員さん「わかります!あ〜この曲なんでしたっけ。」
偶然居合わせたピアノの先生にも聞いてくださったのですが、残念ながら曲名は不明なまま。
私のモヤモヤに巻き込んでしまい、申し訳ない気持ちになりました。
諦めて帰ろうとしたところに、別の店員さんがいらっしゃって、曲名探しに参戦してくれました。
もう1人の店員さん「これはブランデンブルグのような・・・。確かアリオーソ。」
全員「あ!それです!」
曲名がわかってスッキリしました。
優秀なヤマハの皆様に感謝です。